帝王妃ソフィーダ
外伝
レギオン家のソフィーダ

 レギオン家は代々大臣職を務める、レスト・カーンでは名門中の名門だった。
 だからこそ当代の帝王の妹、つまり王女の降嫁も許されたのである。
 はっきりと政略結婚であったことは間違いないのだが、それにしては現当主リヤド・レギオンと王妹アニスとの夫婦仲は悪くなかった。
 一男一女にも恵まれている。
 特に妹の方は生まれてすぐに祭祀所に伺いをたて、立后が可能であるということが分かってからは特に大切に育てられた。大事な妃がねだ。第一王子のアード殿下とは一つ違いである。
 兄の方も資質は申し分なかった。並み居る家庭教師達が舌を巻くほどの出来具合である。将来を嘱望された大臣候補といってよかった。
 このままいけば一の大臣職を勤めるガリス家を追い抜けるかも知れない。跡取りのジールはムスティールより六歳も年下だし、姫はいなかった。
 順風満帆に見えたレギオン家だったのである。

 ムスティールとソフィーダは仲の良い兄妹だった。
 ソフィーダは後宮にはいることが事実上決まっていたので、ムスティールにはその後盾になってもらう必要がある。父のリヤドとしてはソフィーダとムスティールが性別の違う兄弟であるという慎みよりも、政治的な理由により仲良くしておく方が得策だという理由で二人の親交を許可した。
 それでなくとも気の合う兄妹だった。
 ソフィーダはこのとき七歳。兄のムスティールは十二歳だった。

 その日ムスティールが玄関先に向かうと、妹ははや支度を終えて兄を待っていた。
 「お兄様、遅いわ」
 「ソフィーダの方が早すぎるんだよ。父上はまだ支度が出来てらっしゃらないんじゃないかな」
 「お兄様もお父様も、呑気でつまらない」
 「まあまあ、そう言わずに」
 ムスティールは可愛い妹の頭を撫でようとして思いとどまった。妹の髪は綺麗に結ってある。いつものように撫でるわけにはいかなかった。
 「今日は随分綺麗にしてもらったね」
 ソフィーダは花が咲くように笑った。漆黒の髪をきちんと結って綺麗な髪飾りをつけ、着ているものもお姫さまのように美々しい。スカートの裾はくるぶしまであるようで、ソフィーダにはそれがとくいそうだった。一人前の女性のようにヴェールまでしている。
 「いい服を着ていると楽にお行儀良く出来る、っていうことかな」
 からかいのつもりでムスティールは言ったのだが、ソフィーダは真面目くさってうなずいた。
 「お母様もそうおっしゃったの。お行儀良くするように、マジェスティに失礼のないように、って」
 「そうだね」
 「お兄様も、だからいい服を着てらっしゃるのね」
 「僕はソフィーダよりも大人だから、服によってお行儀は左右されない」
 「きーっ」
 ソフィーダは兄の腰にとりついてぐらぐらと揺らした。
 「ああ、ほらほらそれはお行儀よくないよ、ソフィーダ」
 ものすごく不満そうな顔をしながら妹は離れる。毎度のことながらからかい甲斐のある妹だな、とムスティールは思っていた。
 そうこうしているうちに父母がやってくる。
 「ムスティール、ソフィーダ、もう支度が出来ていたのだな。早いな」
 「お父様が遅いんだわ」
 ソフィーダは駆け…よろうとしてやはり止める。スカートが長くて転びそうだ。確かに、いい服を着ているとお行儀良くするのは楽そうだった。
 「ようしよし、待たせたね。さ、輿に乗るよ。ソフィーダは私と一緒だ。ムスティールは後の方に乗りなさい」
 「はい」
 「はぁい」
 「ソフィーダ、いいこと。お父様やお兄様から離れては駄目よ。お行儀良く、きちんと御挨拶出来るわね?」
 母アニスが心配そうにソフィーダの前にしゃがむ。
 ソフィーダは大きな黒い目をぱっちりと見開き、こくりとうなずいた。
 「大丈夫よ、お母様」
 「あと、お母様が注意したことは?」
 「にこにこしてること」
 「そうよ。とりわけマジェスティの前では、にこにこすること。出来るわね?」
 「出来ます。でも、どうして?」
 「ソフィーダは、笑った顔が一番可愛いからよ。マジェスティに、『何て可愛い子なんだ』と思っていただかなくてはね。ソフィーダなら、出来るわね?」
 母は、挑戦されると後に引けないソフィーダの性格を良く知っていた。果たしてソフィーダは、
 「勿論よ、お母様!」
 とびきりの笑顔で応えてみせた。

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