さあ、その目を開けて。 カリューンの呼ぶ声を聞いて。
あなたが聞きたがっていた、大きな物語。
美事な帝王妃の物語の続きが、ここに始まる。
夜の帳が落ちた、後宮の中庭。
昼間の暑さも和らぎ、散歩するにはちょうど良い。
あいにくの闇夜だったが、星を愛でるにはかえって都合がよかった。
そんな中レーゼは明かりと果実酒を持って主人のもとに向かっていた。
主人 ─ 言わずと知れた現帝王妃レ・アル・ソフィーダが、後宮の中庭にある休憩所で彼女を待っている。
星が綺麗だから、中庭で見たいわ。大勢で見るのは興ざめだからお前だけいらっしゃい、と自分だけ特に誘われたのがレーゼには誇らしくもあり、嬉しくもあった。
こぢんまりとした休憩所に着いてしばらく話しているうちにソフィーダが飲み物を所望し、とって返している次第である。
─ 最初からこういうものはお持ちするべきなんだわ。気が利かないな、レーゼ。ちゃんと注意しておかなきゃ。浮かれていては駄目だわ。
自分を戒めながらレーゼは急いで戻った。
「ソフィーダ様、お待たせ致しました」
─ …?
レーゼの目に一瞬だけ止まったのは、黒装束の数人が、正体のないソフィーダを抱えて消える瞬間。
「ソフィーダ様!?」
目がおかしくなったのかと思った。
だが、瞬きしたその瞬間、そこには何もなかったのだ。
レーゼはがたがたと震え、一度その場に崩れた。
─ ソフィーダ様が、ソフィーダ様が………。
とにかく落ち着こう。
騒いだ方がいいのか、そうでないのかの判断もつかない。
しかし、自分の一瞬の判断が帝王妃の生死に関わる問題につながりかねない、と気づいた瞬間レーゼは一つ深呼吸をし、ソフィーダが居たと思われるあたりを丹念に調べた。
─ 落ち着け、落ち着くのよレーゼ。ひとまずは追っても無駄。ここに何かあるはず。絶対何かあるはずだから、探すのよ。
明かりを休憩所のテーブルに置き、丹念に辺りを調べる。
…奇妙なほど何もなかった。ソフィーダが暴れたような形跡もない。数人見かけたと思ったのだが、中庭の花壇が踏み荒らされているようなこともなかった。
─ どうして何も手がかりを見つけられないの?しっかりしなさい、レーゼ!ソフィーダ様がかどわかされたのよ!
涙が滲んできた。
その時、ソフィーダが座って居た長椅子の陰にあったものが、レーゼの目の中に入った。
─ ?
拾い上げる。
一枚の、鴉の羽 ─ …。
それからレーゼが後宮の奴隷頭に報告し、そこから最低限の人数だけを伝わって帝王妃誘拐の報が帝王アードに届けられた。
たまたまこの日、アードは珍しくも五の大臣ジール・ガリスと内政について意見を交換していたため、報を受け取ったとき王宮内の書斎という、割合珍しい場所に居たのだった。
知らせを聞いてアードはさすがに顔色をなくす。
傍にいたジールがいっそ冷静に、報告にきた兵士に尋ねた。
「サラディン ─ 警察総監に、連絡は行っているのか?」
「勿論です。只今、後宮周辺を中心に捜索活動を行うようにとの命令が出ています」
「あまり目立つな。騒いで庶民に知られては面倒だ。しばらくは秘密裏に捜索をしてもらいたい」
「はい、警察総監殿もそのように仰っておりました」
「そうか。で、犯人の手がかりは?」
「今のところはこれといって掴めてはおりません」
「…ふぅん…」
ジールはしばらく考えた。
「マジェスティ、如何なさいますか?」
帝王は、さすがにこのレスト・カーン及び全てのカリューン信徒の頂点に立つだけはあった。
ひとまず深呼吸すると、落ち着き払った声で言う。
「最初に発見した奴隷ってのは、どうせレーゼだろう。構わんからここに連れてこい。詳しい話を聞きたい」
兵士はひどく意外そうな顔をした。後宮の奴隷の名前を帝王ともあろうものが覚えているとは。
まさかお手つきの奴隷なのか、と邪推しかけた兵士に、アードは少し笑って言った。
「ソフィーダが、手を出したら帝王妃の位を降りて実家に帰るとまで俺を脅した程の、一番お気に入りの奴隷だ。あの者なら、ただ発見しただけではあるまいよ。いいから、俺が直接話を聞く。早急に連れてこい」
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