帝王妃ソフィーダ
第五話

 競り市は沢山の人でごったがえしていた。
 客の前には目の高さくらいのステージが置かれ、奴隷は1人ひとり競りにかけられる。
 アードたちは器用に人の間に割り込み、ステージにほど近いポジションを確保していた。
 「ふーむ」
 アードの興味は、当然若い女奴隷である。が、如何せんこれはというのはなかなか出てこない。
 「今日は不作かねえ?」
 「そうだなあ、観賞用としてはいまいちだな。労働力としてみるならそこそこだと思うけど」
 「そーかー。でも俺が欲しいのは観賞用だからなあ」
 「若いねえ」
 たまたま隣にいた見知らぬ商人と、そんな会話がさらっとかわせてしまうアードである。
 「…いいのが出てきたら買うつもりかな、うちの主人は」
 「さあ」
 アードの後ろにいたジールは、隣にいたサラディンと話していた。…とは言っても眼鏡の奥にある切れ長の目は、ちゃんとアードを見張っている。
 「僕はあまり手持ちがないからな。買えないよ。主人は勿論、持ってはいまい」
 「持っていないのか?」
 「持たないさ。金があったらあったでやっかいなことになる。…主人と一緒の時はね」
 「そうか…俺はそこまで考えていなかった。やはり頭の切れる奴は違うんだな」
 「えっ、それはどういう…」
 「さぁさ、今日の競りはこれが最後だよ!」
 ジールが初めてアードから視線を外して思わずサラディンを見やった時、ひときわ大きな声で奴隷の仲買人が怒鳴った。
 「これで最後か、しけてるなあ」
 アードは溜息をつく。
 「最後はね、最近いつも決まってるんだ。そして、毎回買い手がつかない。つまり、今日の競りは実質終了だよ」
 隣の商人が教えてくれた。
 「どういうことだ?」
 「見てりゃ分かるよ。若いの、あれは極上品だから見るだけ見ておきな」
  商人が言い終わらないうちに、一人の女奴隷がステージにあがった。

 「レーゼ、よく見えないわ」
 ソフィーダは不満げにレーゼに囁いた。
 ステージからはほど遠い、人ごみのまっただ中である。
 「ソ…じゃない、お姉ちゃん、我慢して下さい。商人でもないのにずかずかと前には行けませんから…えと、あ、こっちこっち」
 レーゼはソフィーダの手をひっぱり、比較的背の低い人が前にいるところに居場所を確保した。
 「見えます?」
 「何とか」
 「…あれ、でも今日はもうこれで最後みたいですよ」
 「あら、そうなの?もっと早く来ればよかったわ。次はレーゼ、真っ先にここに来ましょうね」
 「はい…って、次!?次って…」
 レーゼはびっくりしたが、ソフィーダは既にステージに目を奪われていて言葉など届きそうにない。
 ─ …。
  やっぱり、あの帝王の奥様だけあるわ…。

  小柄で華奢な身体。しかして豊かな胸と腰、これ以上は無理というほど細い胴。衣には宝石がちりばめており、刺繍も美事だった。ヴェールもごく上等の絹で、透けるほど薄い。そこから見て取れる顔立ちは綺麗に整っていた。口元には微笑を浮かべ、群衆を臆せずに見つめている。
 髪は栗色でしなやかに背にかかっている。瞳は緑色で、それだけがとても珍しかった。レスト・カーンには黒か茶の瞳が多いのだ。
 以上が、ステージに上がった女奴隷の様子だった。
 「確かに、極上だ…」
 アードはぼーっと見つめていた。困ったことに、好みだ。隣の商人が笑う。
 「な、言っただろ?」
 「さあさお立ち合い、今日こそは彼女の買い手が見つかることを私も祈ってるよ!見ての通りの極上品だ、若くて綺麗、瑕瑾(きず)もない。学もあるよ、頭もいいんだ。これ以上の奴隷はちょっといないよ、どこかの王の姫だってこれほどじゃないさ。さあ、我こそはと思う旦那はいらっしゃらないか。いらっしゃらないかね?1000デュランから始めよう、1000だよ、たった1000デュランからだよ。驚きじゃないか?彼女の着ているものだけだってそれだけの価値はある。さ、ここから競っておくれ、さあさ、旦那様方!!」
 仲買人の必死の売り言葉に、市場はどよめいた。…が、おかしなことに買い手の名乗りをあげるものがいない。
 「な、なんでみんな買わないんだ?金がないのか?」
 「違うよ、若いの。まあ見てな」
 ほどなく、一人の商人が名乗り出た。仲買人が大喜びで、
 「おお、旦那様、さあさ前へ。前に出て彼女をみてやっておくれ」
 ところが、その商人がステージに近づこうとしたときに女奴隷が口を開いた。
 「あの方は太り過ぎですわ。何を考えてそんなに食べるのかしら。私は嫌です」
 「…」
 仲買人はがっくりと肩を落とした。
 「…どうしても?」
 女奴隷はきっぱりとうなずく。
 「…旦那様、相すみません。彼女が嫌だというので…」
 「どういうことだ?俺は今名乗りを上げただけだぞ。品定めもさせないのか?」
 「…というよりはですね、有り体に言いますと旦那様には売れませんので」
 「は!?」
 「そのう…この奴隷の売り主から、本人が気に入った客でなければ売るな、という条件がついているものですから」
 商人はあっけにとられ、次に怒りの声をあげたがまわりから取り押さえられ、市場の奥に連れていかれた。要するにみんな、慣れているのだ。
 「ほーぉ。買い手がつかないってのはそういうことか」
 「分かっただろ、若いの。確かに極上品だがねえ。そういう条件がついてて、なおかつ奴隷の理想がよっぽど高い、ってわけで買い手がつかないのさ。もう何回も競りにかけられてるし名乗りをあげた商人は数知れないが、誰もあの女奴隷に気に入られない。…ってわけ」
 「うーーん。そんなに難しいのか…」
 アードは溜息をついた。ここで自分が名乗りを上げて気に入られなかったら…と思うと確かに名乗りを上げる気も失せる。
 仲買人は困り果てていた。
 「今日も?今日もいらっしゃらないのか、これを買って下さる旦那様は?私の手腕が疑われてしまいます、どうかどうか、我こそはという方、名乗って下さるまいか?」
 女奴隷は仲買人の様子をものともせず、市場を見渡していた。
 ふと、目が止まる。
 「あなたですわ!」
 言った瞬間彼女はステージから飛び降り、アードの腕の中に身を投げた。

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