帝王妃ソフィーダ
第二話
 帝王の私室。…の一室。
 いくつもあるのだが、アードのお気に入りはやはり寝室だった。
 大きな寝台が部屋の中央にあり、横には大きめのサイドテーブルがある。
 本棚もあり、軽い読み物が揃っていた。
 命令をきくための奴隷も控えている。
 暖かいレスト・カーンでは滅多に使わないが、暖炉すらある。
 要するに、寝るときに欲しいと思うものが全て揃っている部屋だった。
 ひとつひとつが贅をこらしてあることは言うまでもない。
 アードは行儀悪く、昼間から寝台にねっころがっていた。
 午睡は大抵ここで楽しむのだが、今日はそんな気にもなれない。
 ぐだぐだと脚をのばしていると、侍従がジールの来訪を告げた。
 アードがひとつうなずくと侍従は下がり、入れ違いにジールともう一人が入ってくる。
 もう一人は、長身のジールより更に背の高い筋肉質の男で、年は帝王よりだいぶ上のようだった。
 浅黒い肌はよく締まっていて光沢すらある。
 顔はお世辞にも美男子とは言えなかった。無骨で、岩を削りだしたような男である。
 彼は帝王の前でありながら帯剣していた。服も、ジールのようなローブではなく身体に合ったシャツにボレロ、それに革のズボンである。
 この男はサラディン・ルール。
 レスト・カーンの警察総監である。
 ジールとともに、アードのよき片腕であり、この国になくてはならない人物であった。
 「マジェスティにはご機嫌うるわしゅう」
 声は低くて渋い。基本的にはぼそぼそと喋るのだが、いざ命令を下すとなると、誰よりもよく通る素晴らしい美声を発する。
 「おーう、きたかきたか。まあお前ら近う寄れ」
 アードは寝台にふんぞり返り、だらしなく脚を投げ出したまま手招きをした。
 2人はとっくに慣れているので何も言わない。黙って寝台近くに寄った。
 「ところでだ」
 「ソフィーダ様ですか?」
 先手を打ってジールが尋ねた。
 「…お前はどうしてそう可愛くないんだ」
 「話は早いほうがいいと思っただけです」
 「黙れ。全く、誰かあの女を何とかしてくれ。すーーーーーーーーぐ、俺の妾を後宮から追い出す。しかもあの女が手を下したという証拠は何一つ無いからどうにもならん」
 「マジェスティーナを大事になさってはということでは?どれだけ後宮に女性がいても、帝王妃と称されるのは一人だけですよ」
 「…俺はそんな紋切り型の答えを求めているのではなぁい」
 ますます面白くなさそうにアードは言う。
 「よく考えてみろ、国の繁栄にも関わるんだぞ?世継ぎの王子はまだいないのだからな。産むための妾は多いに越したことないだろ?」
 「…詭弁ですね」
 「正論だ」
 「間違ってはいませんけれども。だから、迎えることについてはマジェスティーナは何も仰有らないではないですか。迎えることに反対しているというのならば その論理が通用しますが、快く迎えはするけど妾が勝手に出ていく、という状態には通用いたしませんよ」
 「お前は俺の敵か?味方か?」
 「強いて言うなら臣下です」
 「…」
 アードは絶望的なため息をつき、サラディンの方を向いた。
 「…サラディン。五の大臣はえらく冷たいと思わないか?マジェスティがここまで心を痛めているんだぞ?なのに思いやりの一言もなく。うう」
 「…」
 サラディンは黙って頭を垂れた。
 「…お前に訴えたのが間違いだった…」
 代わってジールが口を開く。
 「そんなに妾が欲しいのなら、よそに囲えばいいのではないですか?別に何が何でも後宮に入れなければいけないわけではないでしょう」
 「よそに囲ったら、俺が好きなときに行けないだろうが。それにだ。せっかく後宮があるんだから、そこにいれなくてどうする。美女で満たされてこそ後宮だろう」
 「そんな定義はありませんが」
 「だー!」
 アードはじたばたと寝台の上で暴れる。
 「マジェスティ…」
 「暴れて何が悪い!」
 「止めておりません。存分に暴れて下さい」
 「ちくしょう、お前らに俺の気持ちが分かってたまるか!」
 ジールはサラディンに倣って頭を垂れた。
 「…」
 こうなるとアードは当たりようがない。しかし暴れるのを止めたかと思うと、勢いよく寝台の上に立ち上がった。
 「もういい。気晴らしに市場にいく。準備しろ」
 「…またですか」
 「何か言ったか」
 「いえ何も。それでは支度いたします」
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