私は王宮で生まれた。
母さんはもともと、帝王妃に仕える奴隷だった。だけど、帝王妃は早くに亡くなられたので、それからは寵姫のお世話をしていた。
父さんは誰だか知らない。私が物心ついたときにはもういなかったと思う。
王宮は楽しかった。同じ奴隷の子供はそれなりに居たし、ものすごい重労働をさせられているというわけでもなかったから。
そして、子供達はだいたいが親と同じ仕事をしていた。
だから私も王宮で働いていた。働くと言っても、母さんに頼まれたものを持ってくるとか、お使いに行くとか、その程度。勿論、寵姫にお目通りがかなうはずもない。
後宮は子供のいる世界ではないので、だいたいは下働きの奴隷達の部屋にいた。母さんも夜になると帰ってきて、そこで寝ていた。女性の奴隷ばかり2,30人の部屋だった。
外には、買い物の時だけ行けた。ただ遊びに行く、とかいうことはほんの子供のうちは許されたが、少し大きくなるともう駄目だった。外に出るときはきちんとヴェールをつけるよう、やかましく言われた。その頃から立ち居振る舞い、言葉遣いにも気をつけるように言われ、それから読み書きの勉強などもさせられた。だから私は、神官の助けなしに聖典を読むことも出来る。
後から考えると、「王宮の奴隷」は最上ランクであることを求められたのだと思う。
市場では主人に随分酷い扱いを受けている奴隷も見た。売られている奴隷も。だが、それは全て私には他人事だった。私は生まれて育った世界に何の疑問も持たず、大きくなった。帝王やカリューンについての批判については殊の外厳しくあたられたが、私は別にそうされる必要はなかった。
私が11歳になったとき、当年16歳の王太子、アード・レスト様のご結婚が決まった。帝王妃がお生みになられた王子はお一人だったので、特にどうということもなく王太子に決まった方だった。寵姫や妾がお生みになった王子もいるにはいたが、アード様を凌駕するほどの資質の持ち主はいらっしゃらなかった。
帝王は重々しく少し気むずかしげな方だったけれど、アード様は放埒な方だった。用もないのにふらりと色んなところに行って遊んでらして、私のような奴隷でもよく姿をお見かけした。お友達も多いようだったし、奴隷の娘達の中でも、アード様の人気は高かった。
王太子妃(ダルリーヴァ)に立たれる方は二の大臣リヤド・レギオン様のご長女で、ソフィーダ・レギオン様ということだった。御母上のアニス・レギオン様は帝王と同腹の妹君だったから、ソフィーダ様とアード様は従兄妹同士にあたられる。御年はアード様より1つ下の15歳とのことだった。
たいそうお美しいという評判だった。のちに帝王妃になる王太子妃という御位になられることからすると、帝王妃ももう亡いのでその方は後宮に入られるなり、第一人者になられるのだった。たった15歳で。
最も、11歳だった私にとっては、15歳など遙か大人に思えたのだけれど。
「レーゼ、多分お前はダルリーヴァ付きの奴隷にさせていただけると思うわ」
寵姫の元からさがってきた母さんは、夜寝る前にそっとそんなことを言っていた。
「え?」
「私は元々マジェスティーナ付きだったから、今度いらっしゃるダルリーヴァにもお仕えするように、と言われているの。だからお前もきっと、ダルリーヴァにお仕えすることになると思う」
「そう?」
母には悪いが、私からするとまるっきり他人事のような話だった。
「畏れ多いけど、お年も近いしね。こんな幸運はないわよ、レーゼ」
「そうかなあ…」
何が幸運なのか私にはよく分からなかった。
後に、この母の言葉は非常に正しかったと分かることになるのだが。
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