それから父は帝王と話があると言い、ムスティールは祭祀所に見学に行きたいというので、ソフィーダは迷わず兄について行くことにした。
話を聞いているのが退屈だということもあるが、この王宮をあちこち見て回りたかったのである。
父は話が終わったら祭祀所に兄を迎えに行く約束をし、くれぐれもソフィーダを離さないようにと注意した。
帝王とはここでお別れである。
「ソフィーダ、また来るといい。そうだな…もう少し、大人になったらな」
「ありがとうございます」
その時のソフィーダにはその言葉にどれほどの重みがあるかさっぱり分からなかったのだが、一応そう言って頭を下げた。
天にも昇る心地だったのは父リヤドである。
大人になったらまた来い、ということはつまりマジェスティーナ候補として帝王自らが内定を出したも同然であった。
「ムスティールは祭祀所が好きなようだな。カリューン信徒として心強く思うぞ」
「ありがとうございます」
ムスティールも静かに頭を下げた。
そして、応接室から出てまた随分うねうねと色んなところを進んでいく。
さすがにムスティールも王宮内の道を全て知っているわけではないので、侍従が案内をしてくれていた。
少々喋っても怒られる心配がないと分かったソフィーダはすっかり機嫌良く、今度は本当ににこにこ笑っている。
「お兄様、祭祀所ってどんなところ?」
「行けば分かるよ」
「広いの?」
「広いよ」
「きれい?」
「綺麗」
「すてき?」
「素敵」
「…」
おうむのように同じ言葉しか返してくれない兄に、ソフィーダはふくれた。
つないだ手をぶらぶらと揺する。
「おにいさまったら!」
耐えきれずにとうとう侍従が吹き出した。
「ほら、ソフィーダ。笑われたよ」
「だってっ」
「いや、失礼致しました。お嬢様。あまりにその、可愛らしかったので」
「よかったね」
「よくないわ。お兄様がいけないのよ」
「何で?」
「わたくしのいうことにちゃんと答えてくれないんですもの」
「答えてたと思うんだけどな」
「答えてないものっ」
「どこが?」
どこが、ときかれるとソフィーダははたと困った。具体的に指摘は出来ない。
「きーっっ!」
腹立ち紛れに兄の手をぐいんぐいんと揺さぶるしか出来なかった。
きらびやかな宮殿をうねうねと子供の足でたっぷり三十分は歩いただろうか。いい加減ソフィーダが疲れてきた頃に、祭祀所にたどり着いた。
「私はこれから中を見て回るんだけど…ソフィーダは疲れたね」
ソフィーダはうなずいた。ちょっと座りたい気分だった。
「お嬢様は喉も渇かれたことでしょう。今何か持ってこさせますゆえ、どうぞそちらに」
案内してくれた侍従が、気を利かせてソフィーダに近くの椅子を勧めた。
ありがとう、と言ってソフィーダはちょこんと座る。
「いいかい、ソフィーダ。私か父上が来るまで、ここを動いてはいけないよ。いいね?」
「どのくらい?」
「そんなにかからないよ」
「わかったわ」
もったいぶってソフィーダはうなずくと、疲れちゃった、とばかりにことんと背もたれに体をあずけた。
兄はそのまま祭祀所に入っていった。
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