2.  

 それからシェイリーをバートが抱き上げ、お茶の支度が出来ている居間に連れて行った。シェイリーはまだぐずっている。  
 父親も母親もバートも、可笑しくて仕方がないのだが、シェイリーが大真面目に悲しんでいるので、あえて笑わないように頑張っている。  
 ソファーに座ろうとしたバートに、
 「シェイリー、僕の膝の上にいたいかい?」  
 聞かれたシェイリーはこくりとうなずき、大好きな叔父様の首に回した手に力をこめて、ひっついた。
 「シェイリー、その前に顔洗ってらっしゃい」  
 母親が慌てて言う。バートの船員服とシェイリーのよそ行きの服に、涙や鼻水がついたら大変だ。  
 むー、とシェイリーは母親を見る。叔父様と少しでも離れていたくないのだ。
 「行っておいで。お母様のいうことはきかなきゃいけないよ、シェイリー?帰ってきたらまた僕の膝の上に乗ればいい。ね?」
 「─ うん…ちょっとだけ待っててね、叔父様」  
 シェイリーは渋りながらそう言ったのち、洗面所に駆けていった。
 「やれやれ…お前が来ると、シェイリーをすっかりとられてしまうな」
 「光栄ですね、兄さんと義姉さんの自慢の天使に気に入られて」  
 兄の言葉に、バートは苦笑した。
 「全くだ。私だってシェイリーにあんな風に抱きつかれたことはないぞ」  
 父親が溜息まじりに言っているうちにはや、シェイリーが帰ってきた。  
 とててっとバートに寄り、
 「お膝にのっけて?叔父様」  
 愛らしい蒼い瞳でじっと見つめられて、断れる人がいるだろうか。シェイリーはひょいと抱き上げられ、バートの膝に落ち着くことに成功した。
 「半年ぶりだったかな?大きくなったね、シェイリー。すっかり重くなった」
 「─ !重い!?叔父様!?」
 「いや…誉めてるつもりなんだけど。もう誉めたことにならないかな?」
 「シェイリーはもう赤ちゃんじゃないわ。7つになったのよ」
 「ごめんごめん。もうちっちゃなレディなんだね」
 「そうよ、叔父様」  
 さっき泣いたと思ったらあっというまにふくれて、それからにっこりと笑う。忙しい表情のどれもが無性に可愛くて、バートはシェイリーの頭を撫でた。
 「そうだ、おみやげをあげようね」
 「わあいっ」  
 驚いたことに、バートが持ってきた2つの鞄のうち、1つの中身は全部シェイリーへのおみやげだった。人形や絵本やお菓子、それから美しい布なんかもあった。
 「きれいだろう?これはね、東洋のシルクだよ」
 「トウヨウ?」  
 目のさめるような緋の布に金糸や銀糸で、見たこともない刺繍がしてある。
 「こっちもそう。なんか、たくさん叩いたり糸を煮たりして柔らかくして、艶を出したそうだ。僕もよく分からなかったけど、着心地がよさそうだろう?仕立てに出すといい。そっちの赤いのと一緒にね。きっと似合うよ」
 「うわぁぁぁ…」  
 今度はやわらかい、白い布だった。一寸見は白いのだが、光の加減によって虹色に見えたりする。初めて見るトウヨウのシルクの美しさに、シェイリーはぼうっとなった。
 「そのビロードのドレスも、とてもきれいだけどね。お母様に選んでもらったのかい?」 
 気づいてもらえた。シェイリーは我に返り、世にも満足そうな顔をする。
 「よそ行きなのですけれど、これを着るってきかなかったんですのよ」  
 母親の口添えにバートは嬉しそうな顔になり、シェイリーはちょっと照れる。  
 それから、おみやげをいっぱいに広げながらバートはいろいろな話をしてくれた。  
 椰子の実を使って作った人形を、港で仲良くなった小さい女の子がくれたこと。あまり治安の良くない街で買った壺が実は盗品で、えらい目に遭ったこと。甲板で休んでいる時に、海を漂っていた手紙入りの瓶を見つけたこと…。  
 話は尽きなかった。シェイリーは飽きることなく聞いている。表情がくるくると変わり、大きな蒼い目が次の話を催促していた。

 

 3.

 「私は、あんなに純粋に本物の好意を向けられたことも、あれだけ心待ちにされたこともなかったんだ。だから、とても嬉しかった」
 「可愛い子なんだね」  
 おじさんの顔を見れば分かる。とても嬉しそうな、やわらかい表情。
 「とてもね」  
 カーレンは恥ずかしくなった。慈善箱に入っていた赤いギンガムチェックのワンピースに、赤茶色のコート。くすんだ茶色の髪。 
 ─ 蒼い瞳だけは…自分でもいいかな、って思うけれど…。  
 話に聞く「シェイリー」にはとてもかなわない。
 「君は君で、可愛いよ」  
 うつむいたカーレンを見て、バートは優しく言った。
 「…そうかな」
 「そうだとも。特にその蒼い、大きな瞳。シェイリーと同じだ」
 「ほんとう?」
 「うん。とても可愛い」  
 可愛い、と言われるのは初めてで、嬉しかった。だって、教会のシスターはそんなこと言ってる暇なかったんだもの。
 「ね、じゃあ、シェイリーはそれからどうしたの?」
 「うん、それがねえ、また私が嬉しいと思うところなんだ。─ あ、着いた」  
 馬車が止まった。  
 御者がドアを開け、カーレンを降ろしてくれる。乗り合いの馬車とかとは、やっぱり違うんだなあ…。
 荷物も、自分で運ばなくていいのだ。
 「ここだよ」
 「大きな家…」  
 カーレンは、あんぐりと口を開けて見た。れんが造りの、大きな家だった。門からも随分離れている。こういうの、何て言うんだっけ?そうそう、お屋敷…。  
 部屋がいくつあるのか見当もつかない。
 「おいで」  
 バートは先に立って歩きだした。カーレンも慌てて続く。  
 …目の前の、ドアが開いた。カーレンの目に真っ先に入ったのは、えんじ色の絨毯を引いた、正面奥の大きな階段。
 「おかえりなさい!」  
 階段の上から澄んだ声がした。はっと見ると、美しい女の人。綺麗な波打つ金髪、大きな蒼い瞳、そしてその美しさをいっそう引き立てる白い虹色の、シルクのドレス─ !  
 その人はあっという間に階段を駆け降り、バートに抱きついた。
 「おかえりなさい、叔父様!」
 「ただいま」  
 バートはその人にやさしくキスをする。カーレンははた、と思い当たった。
 「ね、おじさん。その人が『シェイリー』なんでしょ?」
 「うん、そうだよ」
 「はじめまして」  
 にっこりと笑ったシェイリーに、カーレンは目を奪われた。何てきれいな人なんだろう…。
 「シェイリー、手紙に書いたおみやげを連れて帰ってきたよ」
 「ええ。とても可愛い子だわ。ありがとう、叔父様」
 「おじさん…」  
 2人の視線を一度に集めたバートは軽い溜息をつき、それから笑って言った。
 「あのね、シェイリー。君はいいかげん私のことを『あなた』とか何とか呼んでくれないかい?それから、カーレン。君もね、私のことをそろそろ『お父さん』って呼んでくれると嬉しいんだけどね」

 

─ Fin

 

 あとがき。  
 

 えっとですね。この小説、実はずーっと前に書いたものです。たまたま原稿を見つけたので、のっけることにしました。
 大学の頃…でしたねえ。愛らしいシェイリーちゃんが私の中に生まれて短編になるまでは、あっという間でした。うーん、こういうちっちゃい子に弱いですねえ、私。  
 バート叔父様のキャラクターも、結構すんなり決まったんですけど…。妹に、
 「ねえ、なんかさあ、シェイリーが7つの時にこのおじさん、既に中年って気がするんだけど…語り口からして。犯罪じゃない?」
 と言われてしまいました。はは…。いえ…一応シェイリーが7つの時に30ちょいかなあ、なんて。17でシェイリーが嫁に行ったとして、40。…何とか射程距離内じゃないか、な…。は、はは…。こうなったらバート叔父様には光源氏になってもらうか?ほんとはもっと若い設定で…そのためにわざわざ一人称を「僕」と「私」で使い分けてるのですけどねえ。妹に「全然無駄」と一刀両断されてしまいました。ぐっすん。いいのだ。  
 カーレンは何だか気がついたらいた、というような子です。控え目で、ひっそりといましたね。  
 この話を書くにあたって、私と妹が、会うのを本当に楽しみにしていた母方の伯父のことを強く思い出しました。もっとも「伯父様」なんて洒落た呼び方ではなく、「おっちゃん」なんて呼んでましたけど(苦笑)。懐かしい思い出です。

                   2001.10.27   神崎瑠珠