第四の王女  ル・エルメンリーア・アイルーイ

〜Little Sunlight〜 

 

 

 第四の王女は、その名をル・エルメンリーア・アイルーイという。
 彼女は正妃メグネットとシトラ6世の次女、そして他の妾妃との子供の中でも一番年下の王女として生まれた。そして、一番の可愛らしさを誇る王女であった。
 彼女が生まれ、その愛らしさのあまりに、王がそれまで寵愛していた妾妃とその娘を放り出すようにして、正妃とエルメンリーアに愛情を傾けたことは王宮の人事にも少なからぬ影響を与えたことは、まだ人々の記憶に新しい。
 かくしてエルメンリーアは文字通り「何不自由なく」、王宮の表舞台で皆の愛情や期待を一身に受けながら育ったのだった。

 ─Little Sunlight ─

 

 1.

 「何と申されても、変えることは出来ません。陛下」
 アイルーイ国立高等賢者学院─ 通常ハイ、の学長であるクロディアスは穏やかに、そしてきっぱりと言った。
 ここは、王宮の一室。現国王シトラ6世と、クロディアスが対面していた。
 ぬぬ…とシトラ6世は苦い顔になる。
 「どうしてもか」
 「どうしてもです」
 「しかしあれはまだ15歳であるし、体も丈夫とは言い難い。まして一国の姫だぞ」
 「おそれながら」
 もうそろそろ老境へさしかかろうというクロディアスは、自分と同じくらいの年の王に、噛んで含めるように言った。
 「何度も申し上げましたように、年齢の条件はどの生徒も同じです。そしてエルメンリーア様はきちんと剣術、馬術等の授業にも参加されている由、担当教師から聞いております。休まれることなどまずないということです。 そして、我が学院の最重要規定に、生徒は王族といえど扱いを等しくすること、とあります。これはこの国の開祖であるシトラ1世陛下が、王国と学院とが続く限り変わらぬことを保証して」
 「わ──かっている」
 シトラ6世は話を遮り、首を振った。
 「だから何も、余は学院の権利をどうこうしようと言っているわけではない。ただ、エルメンリーアは王女なのだし、修学旅行など行かずともよいのではないかと言っているだけだ」
 「なりません」
 クロディアスは姿勢を崩さない。
 「修学旅行は、卒業に必要な単位の1つです。これもシトラ1世によって定められております。 第一、陛下もリュウキース王太子殿下も行かれたではないですか」
 「仕方なかろう。余とリュウキースは王位継承の為に行かなければならなかったのだから」
 なんと、アイルーイの国法には「王位を継承するものは必ずアイルーイ国立高等賢者学院を卒業しなければならない」と、きちんと明記されているのだ。
 おかげで、王位を継承する可能性がほんの少しでもある者はこぞってハイを受験することになる。王位継承レースはそこからがスタートというわけだ。
 勿論、ハイやその下にある国立中等賢者学院─ ジュニアと呼ばれている─ を受験するのは王族だけではなく、国中から優秀な人材があつまる。学費は国持ちなのだし、卒業すればいわゆる官僚や将校、高司祭といった出世コースが待っているのだから、庶民も必死だ。
 「歴代の王女様でも行かれた方は少なくないと思われますが。貴族の令嬢でも、です。…そういえば陛下の御母上様も…」
 「それが一番まずいのだ」
 シトラ6世はますます苦い顔をした。顔がどんどん苦くなっていく。彼の母、エレーセは3年ほど前に亡くなったのだが、遠い昔の修学旅行がよほど楽しかったのか、孫のエルメンリーアにもしきりに勧めていたのだ。
 おかげでエルメンリーアは行く気満々でいる。
 「ま、我々としては無理におすすめはしません」
 クロディアスはさじを投げた。
 「ただその場合、エルメンリーア様は単位未取得により留年、それでも参加なさらなければ退学─ となるだけです。どちらかよろしい方を。では、失礼致します」
 一礼して、彼は部屋を出た。 シトラ6世は引き止めようとしたが、引き止めても言い返す言葉がないことに思い当たり、声を飲み込んだ。
 入れ違いに侍従が入ってくる。
 「何だ」
 「失礼致します。大臣、ベン・アレン様がお見えです」
 「─ 通せ」
 そして、大臣のベン・アレンが入ってきた。 一応、大臣の礼服は着ているのだが、ごてごてと余計な装飾を自分でつけたり、よせばいいのに特注した靴を履いたりしているので、どうにも「悪趣味」という印象を受ける男である。年は40代半ばといったところ。
 「失礼します。─ おや陛下、どうなさいました。机の上につっぷしたりなさって」
 「…何でもない」
 シトラ6世は出来ればこのまま寝込みたい気分だった。
 「はーん。エルメンリーア様の修学旅行の件ですな。陛下も往生際が悪いですなあ」
 「…何故分かった」
 「今、そこでクロディアス殿とすれ違いましたからな」
 「分かっているなら退れ。余はもう疲れた」
 「まあまあそう言わず。仕方ないではないですか。エルメンリーア様がハイに入ったときに、修学旅行行きは決定したのですから」
 「あの時は何とかなると思ったのだ」
 「甘いですなあ。歴代の王様方が愛娘、息子をやりたくないばかりにあれこれ手段を講じてもダメだったのですよ?今更、陛下がどうなさったところで」
 「もうそれも聞き飽きた」
 と、シトラ6世はがばっと立ち上がった。
 「だいたいだぞ、母上も母上だ。エルメンリーアをさんざんけしかけて…エリザベラを行かせられなかったからってそんな法があるか全く!
 学長もだ、一人くらい大目に見てくれたってよさそうなものなのに、反骨精神ばかり旺盛になりおって全く、全く、全く…!!!」
 …しばらくののち、シトラ6世が疲れてどっかりと椅子に座り込むと、
 「落ち着かれましたか、陛下」
 ベン・アレンが少し笑いながら言った。
 「ま、とりあえずどうしようもない、ということです。ここはひとつ、気持ち良く行かせて差し上げるしかありませんな。それでこそ、エルメンリーア様の陛下に対する心証もよくなろうというものです。第一、うちのマクストも一緒なのですから、よいではないですか」
 「お前の息子と、ねえ…」
  シトラ6世は大臣の悪趣味な服を見、深い深いため息をついた。