〜前回のあらすじ〜
アイルーイ王国現国王シトラ6世の長姫、ル・エリザベラ・アイルーイ。
彼女が部屋でくつろいでいると、一番下の妹姫ル・エルメンリーア・アイルーイが宿題で彼女の肖像画を描きたいと言ってきた。

 

2.

 夕食後に、エルメンリーアがキャンバスとコンテとともにやって来た。
  エルメンリーアの侍女は、キャンバスを組み立てた後に下がらせたので、部屋はエルメンリーアとエリザベラの二人きりである。
「お姉さま、あちらを向いて」
 言われるままにエリザベラは顔の向きを変え、表情を作った。
「エルメンリーア、どうして私を描こうと思ったの?お父様やお母様ではだめなの?」
  夕食の時、にこにこと機嫌よくエルメンリーアは父王と母妃に報告した。エルメンリーアを目に入れても痛くないほど可愛がっている二人は、ややうらやましそうな顔でエリザベラを見たのだった。
「だって、お姉さまはきれいなんですもの」
  エルメンリーアは嬉しそうに言う。
「お母様はきれいではないの?」
「お姉さまの方が好きなんですもの」
  何でもないことを言ったようにエルメンリーアはさかさかとコンテを動かしている。
  エルメンリーアは愛され慣れているわ、とエリザベラは実感した。誰かを好きとか嫌いとか公然と言い放って、それが当たり前だというのは自分が愛されているという基盤があることを意味する。─ 意識するとしないに関わらず。
  まあ、この妹ならそうもあろうと思う。この城の中でエルメンリーアを愛さぬものは皆無だろう。城の外にしても、王と王妃の溺愛ぶりはよく知られているし、第一本人が人見知りしないで誰にでもにこにことするものだから、やはり愛される。
  子供が愛される条件としてエリザベラが考えるところ、

  A. 容姿が可愛らしい
  B. 言動が無邪気
  C. 生意気でない程度にこまっしゃくれている
  D. 人見知りをせず、人なつっこい
  E. よく喋り、よく遊ぶ
  F. 素直で言うことをよくきく

  というのが主なところだろう。して考えると、
  ― 私の妹は、大人にとって理想的な子供なのね。
  エルメンリーアは、るる-♪と歌いながら、一生懸命描いていた。
「エルメンリーア」
「なあに、お姉さま」
「私のどこが好きなの?」
  妹姫は顔を上げてエリザベラを見た。それから、うーん、と考えて、
「きれいで、おやさしいところ」
「そうなの?」
「はい」
「じゃあエルメンリーア、私がもし…」
  言って、エリザベラはランプの方をゆるやかに指した。
「あれで顔を焼いて見るかげもなくなって、心が荒んであなたにつらくあたるようになったら、あなたはどうするのかしら」
「…」
  エルメンリーアはみるみる困った顔になる。
  エリザベラは立ち上がり、エルメンリーアを抱きしめ、
「ごめんなさい、エルメンリーア。今日はもうおそいのだから、おやすみなさい」
「お姉さま」
「いい子ね、エルメンリーア」
  エリザベラがじっと見つめて頭を撫でれば、それ以上逆らうエルメンリーアではない。
「はい、エリザベラお姉さま…」
  エルメンリーアは納得のいかない、心配そうな顔をしながら部屋を出ていった。

 

  エリザベラがエルメンリーアを部屋から追い出したのは、別に深いわけがあったわけではなかった。ただ何となく疲れたのである。 エルメンリーアの相手をしていて突然疲れたのは、これが初めてではなかった。
  どうしてかしら。
  …考えるには考えたが、面倒になったので、寝ることにした。
  侍女を呼んで明かりを消させる。
  エリザベラの、平穏な一日が終わった。